観月ありさ

観月ありさは、幼い頃からモデルをやっていましたが、1976年生まれの江戸っ子ですが、今では女優や歌手、TVタレントとマルチタレント振りを遺憾なく発揮しています。
観月ありさを有名にしたのは、フジフイルムのTVCMや、レナウンのTVCMなどで、幼いうちは森永製菓のCMに多数起用されていましたが、成長して可愛い顔に反して身長170センチの見事なプロポーションで、CM界の売れっ子になりました。
観月ありさのCMの仕事は、現在でも彼女の中心的なもののひとつですが、成長するに従って、モデルから女優の仕事にシフトしてきました。
TVドラマ『ナースのお仕事』のシリーズでブレークしたと言えますが、それ以前から、ぽろぽろTVドラマに出演していましたが、子役や端役としての出演が多く、フジテレビの色々物議をかもしたドラマ『もう誰も愛さない』を経て、徐々に本格的にドラマに出演するようになっていきました。
1992年のフジテレビのティーン向けの「ボクたちのドラマシリーズ」の『放課後』で秋山あずさの役で初主演しました。
このドラマの主題かも観月ありさの「SHAKE YOUR BODY FOR ME」が使われました。
観月ありさの歌手デビューは1991年の「伝説の少女」ですが、作詞・作曲は尾崎亜美で編曲は佐藤準ですが、「エデンの都市(まち)」、「風の中で」と立て続けに、このコンビが楽曲提供し、「TOO SHY SHY BOY! 」から小室哲也の楽曲提供が多くなりました、現在のレコード会社も小室哲也の所属しているエーベックスですから、小室哲也とはこの頃からの付き合いと言えます。
観月ありさの曲は、彼女のCMやドラマとのタイアップで使われる事が多く、その意味では、商売上手な戦略がとられていますが、楽曲自体は人気の作曲家や作詞家が提供していますから良い曲が多いですが、歌手としての観月ありさは、あまり歌が上手いとは思えません。
『ナースのお仕事』で、観月ありさはコミカルな役柄をこなすことで、イメージチェンジを果たし、演技に幅が出てきたと言えますが、TV界で純正培養されて育てられた、観月ありさを女優と呼ぶには、少々抵抗はあります。
『ナースのお仕事』は年のいったアイドル系のドラマと言えますから、TVドラマの質もお茶の間で気楽に見ていられるモノで、観月ありさの出演している映画にしても同じことです。
観月ありさがこのまま人気を維持していけるのも、CMに出られるうちですから、CMの依頼がなくなったら、そこまでになってしまいます。
観月ありさが大人の女優になるためには、一皮も二皮も剥けなければ、無理と言うモノです。